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多田富雄さん寛容のメッセージを視聴して・・・3
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(昨日の続き)


番組の中で、生前の多田さんと交流があった

作家 石牟礼道子さんのお話のシーンがあり

とても印象に残りました。


石牟礼さんは、代表作『苦海浄土 わが水俣病』で、

文明の病としての水俣病を鎮魂の文学として描いたかた。


「 水俣には、「悶え神さん」という言葉がある。

 地域で人が亡くなり、みんなで手伝って対処している時、

 心配でその場に駆けつけるけれど、

 うろたえて何もできない人に向かい誰かが

 「もう、~さんはただ突っ立ってるだけで、何も加勢せんで・・・」

 と非難しようとすると、別の方が

 「あの人は悶え神さんだけん、よかと(悶え神さんだから、いいんだよ)」

 なんて言い方で使われる言葉だそうで・・・。


悶え神さんとは、苦しんでいる人に

手を差し伸べることもできずに立ちすくんでいる

自分は何もできなくて心の中で悶えているひとのこと
 

「 悶えて加勢している」・・という言い方がある。


できないことを悶えている人を大切にする。


寛容とは愛じゃないでしょうか・・・。


水俣病で不自由し、キリで刺されたような

痛みに現在も苦しみ、

病に苦しむ人に石を投げつけるような差別を

する人さえいた。

そのような中で、石牟礼さんに、

ある 患者さんが、こうおっしゃった。


『 チッソを許すことにした。

 憎むということは、自分が苦しむということ。

 差別したり、酷い目に合わせたひとを憎めば

 自分が苦しくなる。それで許すことにしました。

 憎まずに許すことにしたら、楽になった・・・。』


「寛容」について石牟礼さんはこんな風に仰っていました。


「寛容とは、人間が再生する基盤に立つ所

 再生するために大地に立たなくてはならない。

 そのエネルギーがわいてくるところ。」


 「何故、寛容から危機から脱して行けるエネルギーが出るのでしょう?」

という問いかけに対して、石牟礼さん、


「許されると人間は自由になりますから。」

 ある水俣病の患者さんのことばで、

 『心は愛があれば、治りますもんな・・・』

 酷い目にあっても、誰か他の人の心に愛があって

 接することができれば、

 心は愛で蘇ります・・。

 寛容というのは愛じゃないでしょうか・・・・」

  
 
    ――――-------------―――放送内容より抜粋




「絶望はしていません。長い闇の向こうに、何か希望がみえます。

 そこには寛容の世界が広がっています。予言です。」

 ----------------多田富雄さん



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