カテゴリー別アーカイブ: 心の仕組

なんとなく・・・心模様

kai

9月になると 夏を思い出す。

季節の変わり目はいつも その前のことに思いをはせて。

喜びの記憶 甘く切ない記憶 愉しかった記憶

後悔の記憶 不愉快な記憶 退屈でしかたなかった記憶

そのどれも ひとつ ひとつの 経験。

 

暗記のトレーニングをするときの コツの一つに

嫌悪感を感じることに関連させて覚えると忘れにくいなんて定説があるそうだ。

言いかえれば、嫌だったこと、ショックだったこと、後悔や 残念なことは

より記憶に定着して 忘れにくいのかもしれない。

 

同じ失敗を繰り返さずに、成長するために、そんなふうな仕組みになっているのかな。

それとも、より原始的に、危険を回避し、生き延びるための知恵として

DNAの中に組み込まれている仕組みなのかな・・・なんて想像してみる。

正解なんて分からないけれど。

 

嫌なことなんて思い出したくもないから、

ぐっと押しこめて 無理やり忘れようとすると

むしろ強調されてしまう。

ふくれっ面のままでなんか居たくないから 自然に頑張ったのに・・・。

 

「こころ」の世界に向きあって、そこから解放されようとしたとき

そんな世界なんて知らずに 自分なりに頑張ってきたことが

逆効果だったことなんかに 気づいたりすると、やるせなくなる。

 

・・・・・自分に厳しくしすぎかな。

それだけ、大変だったんだよね。

何とかしようと 試行錯誤。

まず良くやってきたことを心から認められれば。

いや、理性で認めるとか認めないとか そんなことよりも もっと強力だったのは

自然にこぼれおちた 涙。

何も言わずに そばに居てくれた人。

 

大変だったことを認めると、次に浮かび上がってくる気持ちは

「なぜ、そのような 出来事や 運命が 私に 降りかかるのか。」

なんて 不条理への憤り。

憤りを感じて当然なのだと 分かっていても

強すぎる 怒りは カラダに負担をかけてしまう。

 

台風をやり過ごすように建てられた 昔ながらの家みたいに

こころを地面に近づけて 通り過ぎてゆくのを 受け入れる。

あ、晴れ間が 見えてきたよ。

 

こころとからだと 自然。

人間も自然

自然のなかの一つ。

つながりの中で 生かされている。 真実。

生まれてきたから、何かを実現したい、そんな思いもやっぱりあるね。

思いは たった一つ じゃないんだな。 そういうものかな。

 

ビー玉

 

成長の過程に見られる揺らぎ

namiki

 

人が内面的に成長し、 それまでとは少し違う人格の持ち主になる時、

「移行状態」としての 「迷い、スランプ、落ち込み」といった状態を体験するのは

心理学的に明らかだと言われています。

hosi

経験を深め、自分を目いっぱい懸けて、追求している時ほど、

その壁が大きく感じられ、 そこに肉体的な変化も加わると

揺れることは自明の理。

人である以上、変化をし続けており、

それぞれに人生の節目、節目、

螺旋階段の曲がり角に来る時がありますね。

突然やってくる混乱や落ち込みに戸惑ってしまうけれど、

スランプこそ、飛躍へのステップ

生まれ変われるチャンスととらえることもできます。

詩人「リルケ」の作品の中に

「必要なのは 孤独だけ

大いなる 内なる孤独

自己に沈潜すること

何時間も誰にも会わないこと ̄ ̄ ̄ ̄ ̄」 なんていうフレーズがあります。

内面的変化が訪れている時、

必要なだけ繭にくるまれて過ごすように

その人 それぞれの 時 が在るのだと思います。

この「辛抱」を どう乗り越えるのかが鍵になりますね。

とはいえあまり思いつめすぎる、考えすぎる

お体に影響を与え、内臓などの調子が悪くなってしまいます

少し「知恵」をはたらかせ

体調を整える工夫をしながら、という視点も忘れずに・・・

また、この世で生きている全ての人

何人もの人に依存し、不完全な部分

失敗をかかえながら生きていくもの

自分にあまり無理な要求を突き付けないようにする、

自分いじめをやめることもとても大切だと思います。

孤独を必要以上に毛嫌いすることもないですし、

一方で、気楽な人と人との出会い

挨拶を交わし、笑いあうことで

気になっていた悩みが小さなことに思えることも

怖いと思っていたことが、行動してみたら怖くなかった

なんてこともあります。

初めの一歩が恐ろしいかもしれないけれど

その一歩を 欲張らず、少しずつ・・・

kawaii

「~すればいいよ」 分かっているけれど、できない時。

「できない」と頑なに言い張っている人の言い分があるのかもしれません。

それは、気づく(意識化する)ことで 手放すことができます。

気持ちを整えて また進んでいきましょう。

 

pure

 

 

私が私を受け入れるということ

山吹色

同じ現象に出会っても、

自分の感じ方に変化が生まれ

自然な落ち着きの中に居る時、

私は 私を 受け入れたのだと 実感する。

 

かつては 落ち着いて居られたのに

その同じ現象に心が動揺して仕方がない時

そこには自分自身で受け入れていない「何か」が存在する。

現象はAとして変わらない

受け止める「私」の中の「何か」が

Aに反応している。

 

sora

その「何か」を見出すために 日常の雑音を消す。

自らの理性で分析し、考えることは大切だが、

心が動揺している時 「考え」は 積み重なるばかり

置き忘れてきた「気持ち」が 赤ん坊のように泣き叫ぶ。

その葛藤が苦しさを呼ぶ。

水面

冷静に見つめることが苦手な人もいるかもしれない。

他人のことは客観的に見ることができても、

自分のこととなると難しいことが多い。

sizuku

私たちの自己愛が客観的になることを難しくする。

人間に自己愛があるのは自然で 悪いことでも 恥ずかしいことでもない。

むしろ自分自身のそれに気づいていることが

その場、その場の適切なセルフコントロールにつながる。

気づいていないことが 自分の足を引っ張る原因になる。

green

「セルフコントロール」なんて意図的に行わなくても、

私が私を受け入れ、心が落ち着いてくると

その場、その場で 冷静に判断しやすくなり、

以前よりも気持ちが楽になる。

行きつ戻りつ・・・。

変化し続ける いまに 生きる。

 

ライン

その行動の背後にある「気持ち」

 

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お盆休み期間も、当院をご利用いただき誠にありがとうございます。

昨年は猛暑続き、今年は雨続き、なかなか思う通り、バランス良くいきませんね~。とほほ~。

自然のことは、その時々で受け入れて、乗り越えるのみですね。

このような天候が続きますと、お野菜が育ちにくくなるのですから、

人の身体にも影響があると言えそうです。

なんとなく調子が悪い時は、食事に気をつけて、

気が滞らないように、家の中でもできる 軽い体操や、ストレッチなどを行い、

工夫しながら乗り切りたいと思います。 (^-^)v

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調子の良さや 快適さ、心地よさは 人によって異なるものなので、

ご自身にとって何が良いかを見出すことができれば一番いいですね。

また、大切な人とのコミュニケーションをとる時には、

自分の基準を相手に押しつけていないか、相手にとっての心地よさは何かに焦点を当ててみたり、

相手に、自分の心地よさについて感情的にならずに伝える機会があると良いのかもしれません。

なかなか忙しくてそんな暇ないかもしれないけれど、

ちょっと そんな「視点」を持ってみるだけでも違ってきます。

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相手のことは、ここではひとまず横に置いておくとしまして、

自分にとっての心地よさというのを見出すのも、言うは易し、行うは難しだったりしますね。

私たちはいろんなことに囚われていて、

たとえば 少しも太っていないのに、 幼い頃 カラカワレタ記憶が忘れられず、

痩せなくてはならないと思い込み、身体に不調があるにもかかわらず無理なダイエットをしてしまったり、

他者から見れば、充分筋骨逞しいのに、もっとトレーニングをして大きな身体にならなければ!

と無理なトレーニングを重ねかえって不調になったり・・・

わかっているのに、なぜか・・という行動をしてしまうことがあります。

より良くなるために、何かを頑張っているはずなのにかえって良くない結果を生んでしまう

変わりたい、・・でもどうしてよいかわからない。

そのような時は、一度立ち止り、ご自身の心の声に耳を傾けて

その行動の後ろにある 「気持ち」と 他でもないご自身が、「共にいる」ことが求められています

確かに自分以外の誰かに分かってもらうことは、癒しの第一歩かもしれません。

しかしその先に求められているのは、他でもないご自身が自分の気持ちと「共にいる」ことです。

これがなかなか難しいのもまた人情。

私も他人のことは落ち着いて見ることができても、自分の核心に触れることが迫ってくると、

何故こんなに抵抗が生まれるのだろうという心境になります。それが自然なのだと思います。

 

私たちの心模様は 記憶や気持ちや考え、その日の予定、明日の予定

いろんなことが渾然一体となっています。

混乱した中で、あの事が原因に違いない!と憤るけれど、なぜか解決にいたらない。

カウンセリングやセラピーを受ける意味は、

まずはその混乱を落ち着いて一度整理してみることで

今ここではもう、必要なくなった囚われを解放し、

自分自身の中に新しいスペースを作り出すことにあります。

お一人で頑張ることに疲れていませんか?

お気軽にご相談ください。

御縁のある方々に当院の専門性がお役にたてますように。

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受容

流れ雲

台風の大雨、その後も蒸し暑くて寝苦しい夜があったり。

体力的にしんどい日々が続いているけれど、

昨日あたりから、夏空が少しずつ見え始め ―――――

梅雨明けまであと少し。

蓮

 

吹き荒れる内面の嵐に 焦点を合わせ

深く息を吐き そこに留まっている。

周りからは 何も見えない。

 

荒れ狂う感情の波に 負けないように

踏みとどまっている。

それは、嵐に耐えるような 感覚。

拳を握りしめ、 歯を食いしばっている。

「力を抜いていいはずなのに

何故 抜くことができないのだろう。」

ストップ。考える行為は今は横に置いて。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

外側の時間は 穏やかに 過ぎている。

いつも通り。

それは、異空間へ旅するかのようだ。

内面への旅

踏みとどまり、エネルギーを内側に向け、 感じ尽くす。

何もしていないようでいて、

それは、とてもエネルギーを要する。

 

自分のありのままと 共にいる、ということ。

 

ふと 雲の晴れ間から 光が 差し込んだ。

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エネジー

再び 始まる。

仲直り

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毎年のことながら、7月の初めは雨が多いですね。

高温多湿がお体に負担になっている時は

どうぞ無理をなさらずご自愛ください。

大きな台風が接近中とのことで、

身を守る行動への呼びかけが盛んになされています。

警戒して、何もないならそれが 一番。

自然への畏怖の心を思い起こします。

    

傘

台風などの自然のことは、一般的なこととしてとらえることが容易ですけれど、

人それぞれ経験の中で自分で自分を守るために抱いてきた警戒心は時に

必要以上のブレーキの役割を果たすことがありますね。

ブレーキは無くてはならない必要不可欠なものだけれど

どんな時もずっと踏みっぱなしでは 進むことができない。

何故、こんな気持ちになるのだろう、もう大丈夫だと 分かっているのに・・・。

もどかしく思っているところへ、

もっと気楽になりなよ、なんて励ましを受けると

分かっているけれど できないもどかしさや

経験していない人に簡単に言われたくないという いらだちや、怒り、悲しみ、さみしさ、

感情が嵐のように襲ってきとても辛い。

「何故、こんな気持ちになるのだろう、もう大丈夫だと 分かっているのに・・・。」は理性的意識

「もどかしく思っている」のは理性で判断した結果生じている 気持ち

もどかしさ という曖昧な 気持ちはまずただそのまま もどかしくてしんどいことを分かってほしかっただけなのに、

「もっと気楽になりなよ」という励ましは

さらなるフラストレーションの原因になっていく。

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 自分で自分に

自分のことを知らない他人が 悪気なく言うように

「もっと気楽になりなよ」

「なんで もっと気楽にできないの」 と 言い続けていることに

気づいた。

 

なんとかしたくて、

なんとか解決したくて、

なんとかしなければならないと思って

なんとかできるはずと思って

なんとかできないのが悪いと思って

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ごめんね

ただ一生懸命だっただけなんだよ。

なんとか協力できれば と思っていたし

必死になりすぎていた。

一緒に考えよう。あの時抱いた「警戒心」は

あの時必要だったかもしれないけれど、

今は必要な時と、そうでない時がある。

そう、心から 思えるようになりたいね。

少しずつ 自分にあったペースで

練習を積み重ねて行こう。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

好きなことを見つけて

気持ちを 解放していこう。

まだ 道は続いている。

最後まで歩いてみなければ 分からないよ。

 

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こころの綱引き

kawaii

 

「~すればいいと分かっているのに

できないから

悩んでいるのだ。 」

 

「なにも悩んでいないはずなのに、

日常生活に支障もなく、

健康診断の結果も正常、

それなのに、

やる気がでないし、元気もない。」

cat

「理性」と「潜在意識」

 

「潜在意識」と「理性」

 

それぞれが 綱引きをして

仲たがい

友達

頭では、「あの経験」が原因のはずだから

それをなんとかしさえすれば、と

思っている。

信頼できる人に話を聞いてもらうと

その時は心が軽くなり、気がまぎれるけれど、

また同じことを繰り返してしまう

sizuku

あのことが原因のはずだ

と思っている事とは別のところに

エネルギーの滞りが起こっている。

aoihikari

「原因のはずだ」と言い続ける

気持ちの裏には                                               hane

「やさしさ」や「慈しみ」を求める

強い気持ちがあるのかもしれない。

haru  haru haru

 

そこに気づくことで変化が生まれる。            hane

aoihikari

理性と潜在意識の仲たがいを

作り出しているのは

経験に基づいた「とらわれ」。

 

私たちはそれぞれ

他の誰とも比べることのできない

経験の中で強い感情を自然に抱く。

心理的外傷によって

次の一歩が怖くなることもある。

 

それでもなんとか乗り越えようと

日々頑張っている。

時には頑張ろうとする気力すらなくなり

どちらへ進めばいいのかも分からなくなる時

ほんとうに、苦しい

 

神様は、

「その人に乗り越えられない試練は

決してお与えにならない。」のだという。

 

昔から言い伝えられているメッセージ。

 

少し休んで間を置けば

かえって解決するかもしれないと

分かっているのに、

頑張ることが止められないのにも、

 

いまここが頑張り時と分かっているのに、

やる気がまったく起こらないことにも

 

理性と潜在意識の仲たがいが

影響を及ぼしています。

 

理性と潜在意識の一致を妨げている「とらわれ」を

見つけ出す方法に当院独自の専門性があります。

mizunowa

別れは始まりの合図。

混乱を整えて

新しい始まりを迎えるために

当院をご利用なさってみませんか?

green green green

どうぞお気軽にご相談ください。

シーソーの真ん中

umeha  umeha umeha

♪ 梅は咲いたか 桜はまだかいな~♪

saku

3月に入りました。(^-^)

ここ数日 空気が急に綺麗になって

 

ああ、本当に気持ちいいなあ。

green

その数日前、油山がすっぽり霞にに覆われて    mizutama_14

あまりよろしくなかったから なおさら、

 

いつもは 当たり前だったことに

こころから 「ありがとう」 という気持ちになって

green

無理やりではなく。

ほっとして。

ライン

そういう時、

とっても しあわせ。

ほんとうに しあわせ。

nanohana

でも、この「きもち」

ずっとずっと続いて「欲しい」と

強く願いすぎてしまうと、(それもまた人情ですね)

aoihikari

風向きが変わった時に

ああ、やっぱり また 空気が汚くなった。

どうしてなんだろう。

hosi

こだわっていなければ

そんなに強く思うこともなかった 「きもち」

 

悲しくなったり、怒ってみたり。

 

出来事に反応する気持ちの仕組みは

こんなふうに なっています

mizunowa

せっかく しあわせなのに

なぜ、そんな 足を引っ張るようなことを

言うのだろう。

当たり前のことに「感謝」するっていうのは

とても素晴らしいことなのに、

水を差すなんて!

気持ちを前向きにするために努力しているのに。

じゃあ、何にも感じない人になればいいの?!

なんて、そんなことを言う

自分や他人を 批判したくなったりして・・

P1001709

・・とその時点で

 

あ、 このことが 私が ギュッと握りしめていた

ことなのだな と 気付きます。

 

「とても素晴らしいこと」

 

「努力しているのに」

 

いわゆる 一般的によいとみなされている姿勢も、

強く思いすぎる

しんどい気持ちに 自分で自分を縛りつける原因に。

 

では その逆で

 

ふん!そんなにいうのなら

何にも 感じないようになってやる(怒)

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なんて、

たとえ平静を装っていても、

自分がこだわっていることに関して

内面は思春期の中学生状態になることは

年齢に関係なく、

無意識に行われていたりします。

 

そんな場合

怒っている自分

まったくいつまでも子ども!なんて責めて

ぎゅっと気持ちを抑えつけ

「平気」

「少しも気にしてないし」と頑張る

 

これもまた 苦しい状態に 自分で自分を追い込んでしまいます

かといって

怒るのは当然なのだ!と

怒りにどんどんはまってしまうのは

自分の体にも毒ですし、

人間関係も悪化して 怒りが怒りを呼び込んでしまい

なにも解決されず、なにも良いことがありません

 

まずは「深呼吸」

mizunowa

一歩引いて、 怒りと一瞬 一緒に留まります。

 

機嫌が悪くて泣きわめいている子どもを

抱きかかえるように。

 

あるいは、〈君の存在〉を知ってるよ。

と存在を認めます。

mizunowa

 

はっつと気づいた時点で

何かが シュ~っつと 治まるような感じになって

気持ち が「真ん中」に

 

どうも この世の エネルギーの仕組みは

批判しようとしまいと 

普遍的にそうなっている・・・・

aoihikari

それから、もうひとつ、

 

あまりにも「しあわせ~」と

アピールしすぎると

どこからともなく

そのエネルギーを 真ん中に 持ってこようとする風が吹いてきて

アピールしすぎてはいけないよ。・・

と諭されるような 経験やメッセージを

自分に呼び込みますね。

 

要はしすぎなければいいのですね。

 

それに気付いている

 

あ、ちょっとバランスを崩したんだな。

アピールしすぎてたな。と

 

自分の調子を整える材料にできます

aoihikari

 

陰極まって 陽となり

陽が極まって 陰となる。

 

あまねく 普遍的に・・・。 aoihikari

 

ライン

今年は うなぎが 豊漁なのだそうですね。

去年は高くて 食べられなかったので

今年は 食べられたらいいな~

ウナギにこだわりがなければ どうでもいい話でした。(^-^)

nanohana nanohana nanohana

否定的な気持ち

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心に嵐が吹き荒れ

ささくれ立ち とげとげしく

否定的な気持ちに苛まれている時、

感じていることそのものがとても辛い。

 

否定的なことを考える自分を責めて、

自己嫌悪する。

 

いつも肯定的に考えている(ように見える)他人と

自分を比較し 自分はだめだと 思ってしまう。

 

ストップ。 追い込むのは止めよう

aoihikari

まず、心に嵐が吹き荒れていることに

あなたは気付いている。

pierot

そんな自分を知っている。

 

身体の古傷が疼いている時に

傷ついていない他人と比べて

自分をダメだと思うだろうか?

aoihikari

意味のない「比較」は

自分で自分を傷つける残酷な仕打ち。

 

息を吐いて、呼吸をして。

 

「比較」を止めて、

いま、自分の心に嵐が吹いているのだと

認め、立ち止ろう。

 

心が波立つことには原因がある

 

何かの「きっかけ」があって

その気持ちが浮上している

 

「きっかけ」だけでは、

こころは波立たない。

「きっかけ」に反応するものが

自分の心の中にある。

 

そのことに気づかないまま、

 

日常は、否定的な気持ちを感じていることが不愉快で

波立つことのきっかけになったものを責め、

誰かに八つ当たりをして解消しようとする。

 

否定的なことを感じている自分に

気がつくことができる

それは、大切なあなたの力。

 

ただ、

辛くて、苦しくて、痛いことを

感じ続けているのはとてもしんどくて、

認めることすら難しい。

 

なんとか感じないようにしたい。

それが人情。

 

痛み止めを飲むように、

身体に良くない習慣で

自分を誤魔化すことは止めよう。

それは、もっと傷を深くする。

 

リラックスできる運動や趣味、

日常の仕事に精を出すといった習慣は

心に吹き荒れる嵐を静めるのに役に立つ薬。

sizuku

対処療法で嵐が過ぎ去り

悩みから解放されるのなら それでいい。

 

それでもなお、解決できない時、

 

あなたの力を奪っている

今はもう必要なくなった「思い込み」

心が波立つ「原因」になっているものを手放す。

 

ご自身を労わりながら、

心を清浄にしていく。

bule 1

クリアになって、軽くなって

また 新しく 始めよう。

green green green

 

当院の専門性が御縁のある皆様のお役にたてますように。

hiyodori

 

kirei kirei kirei

 

 

 

 

本気であればあるほど

hikari

遠くの山に雪が降り積もり

ふたたび真冬に舞い戻っています。

先日の春の陽気より、この冬らしいお天気のほうが

ソチ五輪ムードを盛り上げてくれるかな (^^)

 

才能に恵まれた選ばれし人々が

厳しい訓練を重ね、

自分のすべてをかけて記録に臨む

4年に一度の大会。

持ち得る才能を発揮するために

体調を万全に整えて、

平常心を保ち、リラックスして

無心に競技に打ち込む。

 

本気であればあるほど

不安や欲望や恐怖といった

自分の気持ちとの戦いになるのもまた自然。

 

自分が出場するわけでもないのに、

想像するだけで、腰のあたりが

ぞ~っとしてしまいます (^^;

 

応援する側は、

無心になること、

訓練の大変さがわかるほど、

選手が持ち得る力を最大限に発揮して光り輝く時、

その喜びが自分のことのように伝わってきて

嬉し涙のもらい泣き。

 

本人が満足する競技ができた瞬間に

その人からほとばしる本気のエネルギーが

こちらを巻き込み、

何か分からないけれど、

こちらまでもらい泣きしてしまい、

よし、私もまた一から始めよう。なんて気にさせられる。

 

その一方で、思うような結果を出せず

拳を握りしめる悔し涙もまた、人生の一場面。

そのシンドサが痛いほど伝わってきて。

応援する側には出場しているだけでも

尊敬に値することだと感じられても

それにすべてをかけている本人は

簡単には割り切れない・・・。

 

それでもなおあきらめずに挑戦する姿に勇気をもらったり。

 

潔く、結果を受け入れ、別の道を歩み始め、

新しい場所で 新しく輝く姿を目にし、

選択は人それぞれなのだと教えてもらったり。

 

人と人との見えないけれど

つながっている感じに心動かされます。

yukiusagi

スポーツに限らず、

どんなことでも、

本気であればあるほど、

自分のすべてをかけているほど

愛しているほど、

気持ちは様々に揺れ動くのですね。

 

なぜかわからないけれど

元気を出したいのに、

目標のために頑張りたい気持はあるのに、

身体が言うことを聞いてくれない。という時。

身体はどこも悪くないけれど、

気持ちがついて来ない・・・そんな時。

 

 

ゆっくりと何も考えず

時間を薬にエネルギー充電することが必要な時もあるでしょう。

 

その時がめぐってきたら、

今はもう必要なくなった気持ちは手放して。

 

気持ちが楽になると

不思議なことに自然にその人らしさが輝き始める。

 

特別でなくても、安心していられる。

 

変化を実感されたご本人が なんだか不思議だけれど・・

なんておっしゃって。

 

魔法のように何もかも思い通りという不自然な不思議ではなく

地に足がついた、その人らしい「安心感」「安定感」が自然に花開く。

 

その瞬間に出会うたびに、

その時間を共有できたことを光栄に思います。

 

当院をご利用くださり、誠にありがとうございます。

 

当院の専門性が縁のある皆様のお役に立てますように。

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