私が私を受け入れるということ

山吹色

同じ現象に出会っても、

自分の感じ方に変化が生まれ

自然な落ち着きの中に居る時、

私は 私を 受け入れたのだと 実感する。

 

かつては 落ち着いて居られたのに

その同じ現象に心が動揺して仕方がない時

そこには自分自身で受け入れていない「何か」が存在する。

現象はAとして変わらない

受け止める「私」の中の「何か」が

Aに反応している。

 

sora

その「何か」を見出すために 日常の雑音を消す。

自らの理性で分析し、考えることは大切だが、

心が動揺している時 「考え」は 積み重なるばかり

置き忘れてきた「気持ち」が 赤ん坊のように泣き叫ぶ。

その葛藤が苦しさを呼ぶ。

水面

冷静に見つめることが苦手な人もいるかもしれない。

他人のことは客観的に見ることができても、

自分のこととなると難しいことが多い。

sizuku

私たちの自己愛が客観的になることを難しくする。

人間に自己愛があるのは自然で 悪いことでも 恥ずかしいことでもない。

むしろ自分自身のそれに気づいていることが

その場、その場の適切なセルフコントロールにつながる。

気づいていないことが 自分の足を引っ張る原因になる。

green

「セルフコントロール」なんて意図的に行わなくても、

私が私を受け入れ、心が落ち着いてくると

その場、その場で 冷静に判断しやすくなり、

以前よりも気持ちが楽になる。

行きつ戻りつ・・・。

変化し続ける いまに 生きる。

 

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